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運輸業界で過労による脳や心臓疾患の労災認定された人は2020年度で58人と、各業界中最も多く、過労運転によるトラック事故が増加しています。トラック運送業において労働時間を削減することは容易なことでなく、長距離のトラックドライバーの労働時間は長くなりがちです。
しかし近年様々な業界で「働き方改革」が進められ、運輸業界も例外ではなくなってきました。過労は身体の健康に大きな悪影響を与えます。運転手の健康を守ることは、悲惨な交通事故被害を防ぐことにつながります。
今回は過労運転による事故を未然に防ぐための勤怠管理や運行管理者の役割について解説していきます。
「過労」とはどんな状態のことをいうのでしょうか。
文字通り、「疲労など、何らかの理由で正常運転ができない可能性がある」状態で運転することを指します。
具体的には以下のような状態です。
・過労
・病気
・薬物
・精神的要因など
長時間労働による慢性的睡眠不足や生活リズムの乱れは、疲労を蓄積させるだけでなく、病気の原因にもなりかねません。身体能力や判断力に影響し、運転をするには危険な状況となってしまいます。
しかし、道路交通法では具体的な基準については明記されていません。それだけに過労運転防止は運転手の自己管理に委ねられているのです。「気分が悪い」「強い疲労感がある」と思ったときは自主的に運転を控えることが重要です。
道路交通法には、「過労運転等の禁止」という違反があります。
第六十六条:何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。
事故を起こさなくても過労運転と判断された場合、違反点数は25点、免許取り消しになります。似たもので居眠り運転がありますが、居眠り運転の場合は居眠り運転安全運転義務違反に該当し、違反点数2点・反則金9,000円となるのに対し、過労運転は行政処分と刑事処分の両方が科されます。
飲酒運転の違反点数が23点なので、同じくらい罰則が厳しいことがわかるでしょう。
運転手だけでなく会社も責任を問われます。タクシーやバス、トラックなどの営業車の事業主や運転管理者は道路交通法第75条により、運転手に過労運転を命じたり、過労運転をすることを容認したりしてはならないと規定されています。これに違反した場合、「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」の処分が科されます。
運転者の過労運転を防止するため、労働時間に係る基準に従い勤務時間及び乗務時間を定めなければいけません。運行管理者は、労働時間の基準と特例を必ず遵守した運行計画を作成することが必要です。今回はトラックの場合のみ紹介します。
基本の拘束時間:
1ヶ月293時間以内、1日原則13時間以内、最大で16時間以内
1日の拘束時間は原則として13時間が上限で、拘束時間と拘束時間の間に休憩時間を8時間以上確保すれば、最大16時間まで延長できます。ただし、拘束時間が15時間を超えてよいのは、1週間につき2回の業務までです。
休憩時間や手待ち時間などを含む「拘束時間」は、1ヶ月につき原則として293時間が上限です。
特例的に、1年につき6ヶ月まで1ヶ月につき最大320時間まで労働時間を延長することができます。ただし、1年間の拘束時間の合計が3516時間(293時間×12ヶ月)を超えることはできません。
基本の休息時間:1日連続8時間以上
ドライバーの居住地での休息時間がそれ以外の場所での休息よりも長くなるように配慮するよう気をつけてください。継続して8時間以上の休息時間を与えることが困難な場合は、一定期間内における全勤務回数の2分の1を限度に、休息時間を拘束時間の間や後に与えることができます。この場合は、分割された休息時間が1日において1回あたり継続4時間以上、合計で10時間以上になるようにしなければなりません。
自動車運送事業者は、乗務員が有効に利用できる休憩施設を整備し、及び乗務員に睡眠を与える必要がある場合又は乗務員が勤務時間中に仮眠する機会がある場合は、睡眠又は仮眠施設を整備し、これらの施設を適切に管理し、及び保守しなければいけません。
運輸業界では長時間労働改善のための動きが加速しています。今年3月にはバス運転手の労働環境を改善するため、勤務終了から次の始業までの休息時間を現行ルールより1時間長い「最低9時間」に改める報告案を提示し、了承されました。今後タクシーとトラックの運転手についても年内に同様の新ルールをまとめ、2024年4月の施行を目指しています。
運行管理者には、休憩施設または睡眠・仮眠施設の状態が常に良好であるように計画的に管理する義務があります。
1、事業者は、休憩または睡眠のための時間及び勤務が終了した後の休息の時間が十分に確保できるように、国土交通大臣が告示で定める基準に従って、運転者の勤務時間及び乗務時間を定めなければなりません。
2、運行管理者は、事業者が定めた勤務時間・乗務時間の範囲内で乗務割を作成し、これに従って、運転者を事業用自動車に乗務させなければなりません。
事業者は、勤務時間、拘束時間、休憩時間、時間外勤務、公休、休日出勤、有給休暇等の事項を明確にし、勤務体制を確立しなければなりません。
事業者が、勤務時間及び乗務時間を定める基準は、「貨物自動車運送事業の事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準(平成13年国土交通省告示第 1365 号)」、基発第92号(平成元年3月1日)「一般乗用旅客自動車運送事業以外の事業に従事する自動車運転者の拘束時間及び休息期間の特例について」、基発第93号(平成元年3月1日)「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」が適用されます。
トラックやトレーラーによる交通事故を防ぐには、ドライバーの健康が良好であることが不可欠です。運送は時間が不規則になりがちなことから、日常的にドライバーの健康状態を確認し、過労運転を防止することが大切です。そこで、点呼では、顔つきや顔色、姿勢などの変化をよく観察することで、ドライバーの前日の状況や疲労の蓄積、健康状態などについて細かくチェックすることが必要です。
基本的には、対面点呼を行い、ドライバーの顔つきや態度、言葉遣いなどの変化を観察し、もし変化が見られた場合は背景にどのような原因があるのかをゆっくりヒアリングし、対応することが必要です。点呼時の質問内容は、毎回異なる質問をしたり、質問を長くするなどの工夫を凝らしましょう。ドライバーの反応が普段よりも緩慢でないか、イライラしたそぶりをしないかどうかなど、詳細な観察を行います。対面点呼直前の睡眠時間や疾患の有無など、特にドライバーに持病がある場合は現在の状態や通院の確認など、ドライバーの身体的な健康状態を把握することが大切です。さらに、心理的な面においても悩みがないかなどの精神状態を把握しておくことも必要です。
もしも長期の運行計画によって対面点呼ができない場合は、テレビ電話など動画や画像を活用して、顔つきからも疲労状態を確認するように工夫しましょう。
乗務前点呼の時には、ドライバーの健康状態、疲労の度合い、飲酒の有無、薬の服用状態などの身体的な状態の確認と、睡眠不足ではないか、異常な感情の高ぶりがないかなどについて確認します。さらに細かく、ドライバーの歩き方、服装、顔色、口臭、目の動きなどをよく観察し、もしも異常を感じたら詳しく質問します。前日の状態と比較し、前日と同じ質問に対する反応の良し悪しを観察しましょう。
乗務後点呼の時には、その日の運行でドライバーの疲労が蓄積していないかを確認します。そして翌日の運行に役立てるために業務に応じた確認事項を確認します。ドライバーの運行中にヒヤリハット経験がなかったかどうかも質問しましょう。最後に、「今日も1日お疲れ様でした」という心からのねぎらいの言葉が、ドライバーの励みになり、疲労解消にもつながることを心に留めておきましょう。
ドライバーの小さな変化に気づくためにも、日頃からドライバーと運行管理者の間のコミュニケーションを潤滑にしておくことが大切です。ドライバーが、疲労や眠気、健康状態において危険を感じた時に、安全を優先した発言をすることにプレッシャーを感じずスムーズに発言できるような職場の環境や人間関係を構築することが必要です。その上で、ドライバーが過労や体の異常などを電話などでも運行管理者に伝えやすい環境を作ることも大切です。
事業者や運行管理者は、ドライバーからの相談が受けやすい雰囲気作りを心がけてください。事業所内に相談しやすい場所を設けるなどの工夫をしましょう。相談を受けたスタッフは、相談内容には真摯かつ誠実な対応を心がけるとともに、相談内容はプライバシーに関わることですので、口外してはいけません。
事業者や管理者だけではなく、産業医や衛生管理者などの専門スタッフによるサポートや、外部機関と連携し、精神的ストレスや悩みを相談できる公的機関があることも、事業所内で周知しましょう。相談窓口としては「働く人の悩みホットライン(03-5369-2275)」が、職場、暮らし、家族、将来設計など働く上での様々な悩みに応えています。相談時間は一人1回30分以内、通話料は相談者が負担しますが、相談自体は無料です。全日本運輸産業労働組合連合会(0120-506-783)でも、労働組合員が気軽に専門のカウンセラーに相談できる窓口を開設しています。家庭問題や職場問題、金銭トラブルや病気などのあらゆる相談を無料で受け付けています。
過労運転は重大な事故を引き起こす危険な運転です。トラック運転手に長時間運転長時間労働が常態化すると、過労死や労働災害、従業員とのトラブルなどのリスクが生まれます。運転手、事業者ともに安全意識を持って過労運転をなくすように努めましょう。
道路交通法:
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105#633
国土交通省:https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/personnelmanagement.html